トリオリズムについて、まとめておきます。

トリオリズムとは

トリオリズムとは、男性マゾヒストが、崇拝対象である女性が別の男性と関係することを望むというマゾヒズムの一類型です。
「トリオリズム(Triorism)」という用語は、沼正三が「ある夢想家の手帖から」で、性科学者ヒルシェフェルトの術語として紹介しているもので、沼はこれに「三者関係」という訳語をつけています。
さらにトリオリズムの傾向のあるマゾヒストを、「トリオリスト」と呼んでいます。
最近では「寝取られマゾ」「NTR」という用語が幅広く浸透していますね。
ただし、後述するように、トリオリズムは必ずしも「寝取られ」=対象女性がもともと妻・恋人であったというシチュエーションに限られるものではありません。
また、言葉の風情にも愛着があるので、私はやはり「トリオリズム」「三者関係」という語を使用したいと思います。

スクビズム(下への衝動)がマゾヒズムの本流であるならば、トリオリズムは支流です。
しかしながら、これは相当に有力な支流です。
ザッヘル・マゾッホ、谷崎潤一郎、沼正三といったマゾヒズム文学の文豪もトリオリストであることは、「毛皮を着たヴィーナス」「痴人の愛」「家畜人ヤプー」といった代表作を一読するだけで明らかです。
戦後の風俗小説にも、トリオリズムを扱ったものは絶えなかったようで、「手帖」にも数多く紹介されています。
谷崎潤一郎へのオマージュとして描かれ、映画化もされたた喜国雅彦による漫画「月光の囁き」にも衝撃的な形で描かれていました。
そして現在、ありとあらゆるセクシャリティーに対応する同人漫画・小説・ゲームの世界では、トリオリズムを扱った作品も多数製作されています。
また、少数ながら、トリオリズム的なロールプレイングを体験できるSMクラブもあるそうです。

今まさに、日本のトリオリズムは隆盛を誇っている、といっていいでしょう。

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トリオズムの四形式

沼は、「手帖」第97章「三者関係」で、トリオリズムを下図のような四形式に分類しています。

第三者の男性と対象女性の関係対象女性と自己の関係
標準形式対等対等
M第一形式対等従属
M第二形式従属対等
M第三形式従属従属


各形式について説明していきます。

標準形式

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単純に、妻・恋人が、自分とは別の男性と関係するというもの。
あるいは、他人の妻・恋人に心惹かれてしまうという状況でも生じます。
自己(主体)と対象女性との関係も、対象女性と第三者の男性の関係も、対等の恋愛関係。
マゾヒズムでありながら、どこにも特段の従属関係はありません。
ただ、自己の愛情が対象女性に対してのみ向かっているのに対し、対象女性の愛情は第三者の男性に向かっている。
この切ない屈辱感・絶望感が強ければ強いほど、単なる恋愛上の刺激ではなく、マゾヒスティックな味わいが強くなっていきます。

この形式のメリットは、アブノーマルな従属関係がどこにも必要ないゆえに、非常に現実味があるという点です。
不倫や浮気、あるいは恋愛上の三角関係は決して珍しい状況ではないですから。

谷崎作品で言えば「鍵」がこの形式にあたります。
武者小路実篤の「友情」や、田山花袋の「蒲団」など、一般の文学作品でもこの形式は味わい深いものがたくさんあります。

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M第一形式

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自己(主体)が、対象女性に従属している一方、対象女性と第三者の男性は対等の関係として仲良く睦んでいる、という状況です。
言うまでもなく、マゾヒストにもっとも好まれ、作品にもされている形式です。

なかでも、もともとは妻・恋人だった対象女性を寝取られた上、対象女性と第三者の男性(上位者カップル)に従属するという形式は、繰り返し繰り返し作品にされています。
「家畜人ヤプー」もこの形式。
谷崎作品で言えば「捨てられる迄」、「饒太郎」、「お才と巳之助」など。
ネット小説では、「元彼女の奴隷に…」「妻が浮気相手に…」など、この形式のすばらしい作品がたくさん発表されています。

上位者カップルが腰掛けるの「愛の橋」、上位者カップルの性交の後始末をする「人間ビデ願望」など、トリオリズムとスクビズムのミックスとも、非常にマッチする形式です。

この形式に特徴的なの味わいは、上位者カップルが対等に睦んでいることで「集団」から疎外された切ない孤独感を味わえることでしょう。

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M第二形式

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ここからは、マゾヒストにとって神聖かつ絶対不可侵の存在であるはずの対象女性が第三者に従属してしまうことを望むという、マゾヒズムとしては極めて特殊な願望になります。

M第二形式は、自己と対象女性は対等の恋愛関係でありながら、対象女性が第三者の男性に従属してしまうことを望む願望です。
当然、自己も従属関係に引き込まれて、夫婦・カップルで上位男性に従属するという状況もありえます。

谷崎作品でこの形式を扱ったものとしては、脚色の上映画化もされた「愛すればこそ」という衝撃的な戯曲があります。

沼正三は、白人男性中心の米軍による占領体験に強い影響を受け、アルビニズムとトリオリズムが結びついた、「日本人女性を白人男性に陵辱される」という極めてグロテスクな願望を持っており、「手帖」でたびたび扱っています。
この願望は「家畜人ヤプー」において、「子宮畜」というアイデアに反映されますが、この願望も、この形式に入れるべきでしょう。

「寝取られ系」「NTR」と呼ばれるネット小説や同人ゲームでも非常に好まれている形式です。
日本人女性を夢中にさせる美しく逞しい韓国人男性に対する劣等感を基にした台詞付画像作品でも、この形式が好まれています。

同性としての上位男性に対する劣等感をもっとも刺激される形式であるとともに、対象女性が陵辱され、マゾヒスティックな快楽に堕ちていく感覚に共感してしまう点も、この形式特有の味わいだと思います。

自己よりもむしろ対象女性が陵辱され、身も心も上位男性に従属することを望む点で、この願望は男性サディズムと見紛う場合があります。
実際、「MだけどS性もある」と自覚している男性は、無意識にこのトリオリズムM第二形式の属性を持ったマゾヒストが多いのではないでしょうか。

M第三形式

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対象女性は上位男性に従属しており、自己はその対象女性に従属している。
垂直的な従属関係の最下層にいるという絶望的な屈辱感を味わう形式です。

階層的な構造上、アルビニズムや、民族的な劣等感とよくマッチします。
白人男性に従属した女性は、白人男性によって上位者に引き上げられている。
「手帖」第三〇章付記で紹介されている田沼醜男「タツノオトシゴ考」の、白人男性―日本人女性―日本人男性の関係はこの形式でしょう。